平成20年 新年 明けましておめでとうございます
旭日(きょくじつ)東天(とうてん)にのぼれば 十方の闇(やみ)晴(は)る
「願力不思議の初日の出 仰ぐ今日こそめでたけれ
やれうれし けさもまた 念々相続み仏の お慈悲はありあり
目の前にお立ちあそばす如来さま お顔のうちに 生死(しょうじ)をはなる
われもまた 摂取の内にあり 共に参ろう 法の友」 瑞劔法師
新しい年の朝、不思議に希望と抱負が湧き出てくる想いに恵まれます。
過ぎ去りし日は記憶のかなたにうすれいきますが、仏法はいつも新鮮です。仏法は尊く、すばらしく、親鸞聖人は最も偉大であります。
「法雷」誌2008年1月号の巻頭言に
「世界の宗教多しと雖も、親鸞聖人の宗教ほど雄渾自然の宗教が他にあろうか。」「如来の大慈悲は虚空の如く、広大無辺にして、煩悩具足、散乱放逸の凡愚を、一人も洩れなく、その大悲の翼に抱(いだ)きて「心配するな、落としはせぬぞ」と喚(よ)びたもう。如来の智慧は大海の如く、深くして広く、相対認識と相対思惟、小天地にのみうづくまっておる凡夫には、とてもとても想像もつかぬところである。」とあります。そしてまた瑞劔法師は
「除夜もなく また元日もなし 南無阿弥陀仏
生にも死にも 仏の慈悲はいつもお照らし」と、讃われました。
真(まこと)のよりどころ、永遠の光り、真生命の南無阿弥陀仏。
人間はほんとうのお護り、ささえに出遇ったとき、そこに落ち着きあり、安らぎがあり、しあわせがあり、よろこびがめぐまれてまいります。
そのことが「明けましておめでとうございます」ではないでしょうか。
「仏法第一 親に孝行 人には親切」
「きのうは過ぎ 明日は明日の風が吹く
七難八苦何のその われに六字の護りあり」
「摂取光中 弥陀のふところ」 三句 瑞劔法師
親鸞聖人は、
「南無阿弥陀仏をとなうれば この世の利益きわもなし
流転輪廻(りんね)の罪消えて 定業(じょうごう)中夭(ちゅうよう)のぞこりぬ」
と、うたわれました。
さて、わたくしは、なにによりどころをもっているでしょうか。
○ 昨年、淨教寺で二人の外国人の法話(ダルマ トーキング)
平成19年に二人の外国の方にめぐり合いました。
一人は、ベトナム出身の女子学生、ファム・ティ・トゥ・ジャンさん(2月27日)、
もう一人は、オーストラリアのジョージ・ゲイティンビー氏(釋浄教)(12月14日)です。お二人に本堂でお話をしていただきました。
2月27日 談
ジャンさんは、奈良女子大学文学部大学院博士課程に在学。去る3月23日に博士号を取得され卒業し帰国されました。
現在ハノイ大学で日本語を教え、折にふれ浄土真宗を紹介する活動をされています。
「私は、一年間の留学生として日本語を東京外国語大学で学びました。帰国直前、友人から関西を案内していただき、奈良・京都・大阪を巡りました。そのとき、もう一つの日本を発見しました。」と、語りはじめたジャンさんは、そのすばらしい関西の文化遺産、自然、人情の底床に仏教があると感じ、あらためて五年間大学院で浄土真宗を主に研究されたのでした。
私たち関西におりますことを、よろこび、感謝したいと思います。
12月14日 談
ジョージ・ゲイティンビー氏、釋浄教法師(64歳)は12月3日から13日の11日間、本願寺・西山別院にて教修を受け、教師号を取得し、オーストラリアへ帰国直前に淨教寺にて法話をしていただきました。
ゲイティンビー師は青年のころ、神学大学を卒業。
そのあと五年間牧師として励んでおられました。しかし、教理等に疑問を感じ、諸宗教もたずねられたのですが満足できずにおられました。それがたまたまの御縁で32年前、親鸞聖人のお言葉『御本典、教行信証・総序の文』(瑞劔法師英訳文)に出会い全身打ちふるえる感動を得た。と告白しておられます。
以後、浄土真宗の道を一途に歩んでこられました。
今どんなことばを奉じておられますかとおたずねしたところ
「尊しや 世尊に代る祖師聖人 仏とおもい 仰ぎ信ぜよ」(瑞劔法師)
の句を挙げられました。
合 掌