ある時雪山童子と呼ばれる修行者が、森の中を歩いていると「諸行無常(しょぎょうむじょう)・是生滅法(ぜしょうめっぽう)」(色は匂えど散りぬるを 我が世、誰ぞ常ならん)という、言葉が聞こえてきました。「これはすばらしい真理の言葉だ。」と、その続きの言葉が聞こえてくるのを待っていました。しかし、なかなか聞こえてきませんので、声のする方へと歩いていきますとそこには羅刹(らせつ)と呼ばれる人食い鬼が居りました。
雪山童子はおそるおそる羅刹にたずねました。「今の言葉はあなたが言ったのですか?」「そうだ。」「ではその続きがあるはずですから聞かせてもらえないでしょうか?」と、雪山童子は羅刹に頼みました。しかし、羅刹は「わしの好物は人間の生の肉だ。お前がわしの餌食になってくれるのなら、先程の言葉の続きを聞かせてやろう。」 その言葉を聞いて、雪山童子は「先にその言葉を教えてください。そしてそれを木に刻んでおきます。そうすれば私が死んだ後も誰かがこれを見て真理を悟り、伝えてくれるでしょう。」その言葉に応えて、羅刹は続きの言葉を教えてくれました。「生滅滅已(しょうめつめっち) 寂滅為楽(じゃくめついらく)」(有為の奥山、今日越えて 浅き夢見し、酔いもせず)
雪山童子は、すぐに木に刻んで、「本当に尊い真理の言葉を聞かせていただいてありがとうございました。」と礼を言うと、崖の上から羅刹の口めがけて飛び降りました。そのとき羅刹は帝釈天に姿を変えて雪山童子を恭しく抱きかかえて、いのちをかけた修行をほめたたえたという事です。
この話と同様の物語が、法隆寺の玉虫厨子(たまむしのずし)の側面に描かれている「薩?太子(さったたいし)の捨身飼虎(しゃしんしこ)」の図であります。